2月8日に旅立った父の記録




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【2023.2.11】




亡くなってから三日後




父の遺言通り

7人で、自宅で、

ゆっくりと、ひっそりと、

お見送りをしました





密葬は初めての経験でしたが

「小さなお葬式」より

もっともっと小さな

でも、愛はとびきり大きなセレモニー




会場でわさわさすることもない

弔問客に気を遣うこともない

故人とゆっくり対面し

思い切り泣いてお別れができます




「ゆっくり」と言っても

葬儀屋さんの訪問時間も

火葬場の時間も決まっているので

朝一で実家へ向かいました




父に会うのは亡くなった日以来です

そのときより顔色は土色ではなくなり

顔つきも柔らかくなっていました

お線香をあげ手を合わせます
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真冬ですが

遺体が傷んでしまうので

暖房はつけられません

前日は大雪、とても寒くて




亡くなった日も

わたしは部屋の中で

コートを着て

ふるふるしていたくらい




この中で母とおばは三日間

暖房なしで耐えました

「お願いだから別の部屋に避難してて」

母にまでなにかあってはいけませんから




そう懇願したのですが

母は父のそばを離れなかったようです

そうですよね

寒い部屋に父を一人になんて

させられないですよね




母もおばも元気そうでほっとしました




テーブルには棺に入れるものたち
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亡くなった日の新聞
父がいつも着ていた羽織もの
メガネ
人形はめいっこが準備してくれました
その手前は
父の祖父(わたしのひいおじいちゃん)の
手彫りのひな人形
バレンタインに渡せなかったバターサンド
「アイスクリーム」は父が食べる予定だった
ハーゲンダッツを冷凍庫から入れ忘れないため




その上に乗っている

ちいさな容器たちは飲み物

葬儀屋さんに教えてもらった

棺へ飲み物を入れる方法です




瓶や缶ごとは入れられないので

旅行などに持ってゆく

お化粧水とか入れる容器に

小分けにして入れるのです




父の故郷アルプスの天然水とワインと

毎日飲んでいたお茶と

残りひとつはなんだったけかな

お酒があまり飲めなくなってから

よくお世話になったコーラかな




あと、なん十年も前の
インテリア雑誌
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父は、建築会社を営んでいたのですが
初めて社名が載った記念すべき雑誌です
わたしはこのころからインテリアがすきで
雑誌の隅から隅までなん度も眺めた
わたしにとっても思い出がいっぱいの雑誌




すべては整い

時間通りに

葬儀屋さんがいらっしゃいました

家の中に棺が運び込まれ




まずは、父を納めなければいけません




よく、葬儀の最後に

棺を移動させる際

儀式として、形ながらに

近親者が手を添えたりしますが




こちらは本気の力仕事です




お世話してくださった葬儀屋さんと

数名の作業の方では足りず

義理兄と主人も駆り出されました

男手があって本当によかったです




女衆が見守る中

「せーの」と

大きな、でも、薄くなってしまった

父の全身があらわになり

ベッドから棺へと移されました




亡くなったときのままの

よく見慣れたパジャマ姿の父

愛おしくも

なんとも生々しい瞬間でした




その上に
旅立ちの衣装として
父の母(わたしのおばあちゃん)が
つくったお着物をかけてあげました
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そして、先ほどの品を
みんなで手分けして
どんどん入れてゆきます




お花もたくさん用意してくださいました
(これがよっつ分くらいだったかな)
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7人では
一生懸命入れないと
なかなかなくならず
どんどん入れながら




父に話しかけたり

わんわん泣いたり

でも

ときに笑ったり




これが自宅の強みです




不謹慎な言い方ですが

とても楽しい時間でした




途中オレンジのお花が出てきて

みんなで、それで父の顔周りを

「V」の字に囲み

「今年こそ日本一になりますように」




と父に向かってお願いして

そしたらだれかの

「お父さんは神様じゃないから」の言葉で

みんなで大笑いしたり
(ほんとに不謹慎ですみません)




それを眺めていた葬儀屋さんが

「G党なんですか?」と

しばらくジャイアンツの話題になったり

(葬儀屋さんもG党でした)(いい人だ)




わたしは

「棺に入れるもの」を

ぜんぜん考えていなかったのですが

そういえば

家になん着もある

ジャイアンツのユニフォームを

入れればよかったと

今ものすごく後悔しています




そして、いよいよ

最後のお花です

「別れの花」を

葬儀屋さんが丁寧に渡してくださり




一人ひとり

父と最後のお別れをしました

父と母は、まるで映画のワンシーンのような

せつなくも美しい光景でした




わたしは

父の頰に触れながら

「ありがとう」と「お疲れさま」と

決して別れの言葉は言いませんでした




そして、賛否両論ありますが

「世に出すわけじゃないし

みんな撮ってるよ」の声に後押しされて

父を入れて「8人で」記念撮影をしました




棺は閉じられ
最後までお世話してくださった
訪問看護の方々からいただいたお花を乗せ
(前日、大雪だったのに届けてくれました)
父がだいすきだった家を出発です
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入院している期間は最小限で
最後まで自宅で過ごせて
父も幸せだったでしょうし
わたしもゆっくりとお別れができました




火葬場へ到着し

棺の小窓から

ほんとにほんとに最後の

お別れです




「またね!」

いつも、わたし流の故人とのお別れは

再会を約束するために

この言葉を使います




待合室で

わたしにはもうひとつ

ミッションがあったのですが

長くなってしまったのでまた次回




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今日は父の月命日

本当はお墓参りに行く予定だったのですが

ベガの体調が悪く朝一病院だったので

行けなくなってしまいました




原因がわかったので

治療するために

今、ベガは半日入院していて

夜お迎えに行きます




母が心配していたので送ってあげた
きのう撮りたてほやほやのベガ
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またちょっと痩せちゃった
体調悪いのに動きたがる




ちょうど一ヶ月後

17歳になるベガ

おとうさん

まだベガを連れて行かないでー




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